30 Grove
木立を歩いていた。
日が昇る前だったからか、森全体が薄暗く、霧がかっていた。涼を期待して早朝の散歩に繰り出したのであったが、予想を上回る肌寒さに思いがけず身震いをする。歩けば歩くほどに服が冷たく湿っていった。初秋はすぐそこまで来ていた。
見慣れない植物が、ひとつだけ、ポツンと根を下ろして花を咲かせていた。赤みがかった花弁は辺りが透けて見えるくらいに薄い。間も無く散るものと見えた。中心には雌蕊が所在無げに座している。顔を近づけてみると、砂糖菓子みたく甘い香りが漂ってきた。唾液に触れて、溶け出した、砂糖菓子の、逃れ難く、絡みつくような。
雄蕊は見当たらなかった。
少年は"Globe"を"Grove"と綴った。
黎明の木立が大気を纏う。
濃い霧はやがて合一する。
古えの地表は水粒を纏う。
少年は"Grove"を"Globe"と綴った。
すぐ傍では水が湧いて、泉になっていた。少女ひとり沈めれば満ちてしまうくらいに、ちいさな泉だった。肌を裂くような冷たさが、渾々と湧き上がる。拒絶の端に受容の熱を認めれば、小止み無く引きずり込まれてゆく。
雨粒が描く波紋に、指先が、溶け出していくのを見ていた。
木立は地表にあって、それ自体が大地だった。見慣れない植物の、薄い花弁を一枚、一枚と剥ぎ取ってみると、辺りに甘ったるく腐敗した、地表の真実が拡散した。裸の雌蕊をそのままに、根から抜く。根の千切れる音が爽やかに弾け、滴る雨に吸い込まれる。
全てが還っていく。
やがて、一体となる。