29 無辺際オーパーツ
頭蓋の内側でネズミみたいに走り回っている。
愛の無い時代だ。
噂が下水を伝って新興住宅地の排水溝から溢れ出る。
愛を詠う人々が「愛ではない何か」を愛に見立てたまま死んでいったA.D.2000。
美しい文字列を前に、ネズミの足音が頭蓋に響き亘る。
無軌道なそれを、あの子は片手でキャッチした。
ありふれた日常の一部だ。
なんて、言いたそうに、細めた目。頭蓋に埋没した、エメラルド・グリーン。
ひしゃげて埃に塗れたペットボトル・ロケット。
地球から届いたことは明らかだった。
酸素の香りが微かに残っている。
一枚の紙切れに書き付けられた、「愛」の文字がネズミのしっぽみたいに。
「800年前の地球から、忘れられたぼくたちのもとへ」
ひしゃげて埃に塗れた、愛を片手に。
愛の無い時空では、いま、ネズミが夜闇を駆けてゆく。